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超今更ですがQRIOに激萌え〜!私はアンドロイドとかロボットにすっごく惹かれるロボ萌えなのですが、QRIOの映像を見ててもーーーー萌えまくりです。これ、欲しかったなぁ(残念ながらとっくに開発中止になってたみたいですね。。。残念!)

まずはこのBeckのHell Yesミュージックビデオ。目がうるうるするほど萌えまくりですよ!


さて、私の萌えの話はともかく、面白い実験の話をば。
実は旦那が次のニュースのリンクを教えてくれたことがきっかけでQRIOの映像を改めて見ることになったのですが、そのリンクとは、よちよち歩きの赤ちゃん達が、いかに柔軟にロボットを受け入れ、交流を行うことが出来るのか、という映像です。子供たちはQRIOを人間のように扱っていて、頭をなでたり抱きしめたりしています。彼らの適応能力ってすごい、って思う。異物としての扱いではなく、もうなんか、仲間として受け入れられてるっていう感じの。。。
この感覚、成長するとともに、無くなっていくことが多いですよね。

原文ないのでうろ覚えですが、スティーブン・キングが「死の舞踏」という本で、子供たちがいかに適応能力(ホラーに対しても)があるか、という例で、「例えば、ある時突然、お父さんが宙に浮き、天井近くに浮遊しているとする、その妻はきっと叫び声を上げたり、どうしちゃったんだろう、なにが起こってるんだろう、とあたふたしてしまうだろう、でも、その子供は『すっげーー!父さんが空を飛んでる!!』って言うだろう」という話を書いていたのを思い出します。

この実験の話に戻ると、頭をなでられるとくすくす笑ったり、バッテリーが切れると横になる、といったようなプログラムがされているロボットと接し、初めは子供たちも、他のおもちゃを扱うのと同じようにロボットを雑に扱っていて、ロボットは転倒してしまったりしていたらしいんですが、徐々に子供たちが、転倒した後起き上がるのを手伝ってあげようとしたり、転倒させないように行動し始めるようになったそうなのです。
その後、似たようでいて、自分自身では動かないロボットを置いてみたところ、子供たちはまた、他のおもちゃと同じように雑に扱っていたそうです。ということで、子供はQRIOを生きているものだと認識して扱っていた、ということが言えるとのこと。

なんか、子供たちってすごいなぁ(テクノロジーもすごいけど)と結構感動した記事でした。


おまけ。Tai Chi(太極拳)も出来るのよ♪



旦那のお母さんが作詩にはまっているようで、時々私に作った詩を送ってくれたりしていたのだが、昨朝届いたメールに含まれていた詩が心に残ったので、ここに書こうと思う。

タイトルは「Seneca's Song」。
セネカは、旦那のお母さんの再婚相手の連れ子で、旦那にとっては血のつながっていない兄弟ではあるのですが、一緒にケンカしたり遊んだりと昔からつきあいの長い関係にあった人です。
若い頃はぽっちゃりとした男の子だったそうですが、思春期を過ぎてだんだん美しくなってきて、髪をストレートに伸ばし始めたりして、周りが「あれっ?」と思っていたとか。誰もはっきりといわないけど、でも彼はゲイだよね、って思いながら生活していたみたいでした。旦那に聞いても「はっきりとはわからないんだけどね」と言うくらい。でも、ホント、周りは普通に接してたし、腫れ物に触るような態度ではなかったのが好印象でした。

初めて会ったのは数年前、初めて私がミシシッピをクリスマスに訪れた時でした。会って「うわぁ、こりゃかわいいオネエだなぁ」って思いました。あんまり会話することは無かったけど、「あらー、あんたのコートステキねぇ!」って言ってくれたのがうれしかったのを覚えています。ヘアースタイリストとして将来を期待されていたのですが、まだ21歳であった昨年に残念ながら亡くなりました。(この経緯はこの辺に書いてあります)

さて、そんなセネカの歌、というタイトルの義母の詩は以下の通り。

Senaca's Song

I look in the mirror and what do I see?
A pretty little girl gazing back at me.
Smile so perfect . . . figure so great
All the girls say it's me they hate.
All God's beauty style and grace
Wasted on you, a confused little child.
I have always been told that God makes no mistakes,
So who am I to blame for my cruel fate?
Each morning I wake and rise from my bed.
I stand in front of the mirror, and who do I see?
The girl inside the man I'm supposed to be.


(以下、私のつたない訳ですが雰囲気だけくみ取ってもらえれば。。n_n;)
セネカの歌

鏡を見て 私は何を見る?
とても美しい女の子が見つめ返している
完璧な笑顔 素晴しい容姿
どの女の子も言う 私が嫌いだと
神が与えた美しいスタイルも優美さも
無駄になっている、困惑した小さな子

神は間違えなど犯さないとずっと教えられてきた
ならばこのむごい運命を誰のせいにすればいいの?
毎朝、目が覚めてベッドから起きて
私は鏡の前に立ち、そして何を見る?
男であるとされている、私の中の女の子がそこにいる

※ちなみに、本文はこのWebサイトに載っているようで、良かったか悪かったか投票が出来るようになっているそうです。もし気に入った方がいらしたら、Good!に投票してあげてくださいまし〜。


いいなぁ、と思ったのは、お義母さんが自分のステップファミリーである(と言うより自分の息子のように扱っていたのですが)セネカのセクシャリティについて、こんなふうにちゃんと受け止め、その上で彼の美しさを温かく見つめるような詩を書いているというところです。
いくら「自分はそういうの割とオープンなので」と言っている人でも、いざ家族がセクシャルマイノリティであると知ると困惑し、揚げ句認められない、っていうケースはあるみたいで、でも当人にしてみれば、家族に認められない辛さというのはまた酷だよなぁと思うのです。

美しくて優しかったセネカ、絶対仲良くなりたいなーって思っていたのにそのチャンスを得ないままお別れとなってしまってもう二年が経ち、今でも残念だなぁって思っています。



急ですが、今週末から1週間、3年ぶりの日本帰省をする予定です。1週間弱なので、出来ることはすっごい限られちゃってるんですが(もう既に予定がいっぱいという始末)、友に会って積もる話をしたり、家族サービスに努めたりしながら楽しんでこようと思っています。


いやー楽しみだぁ。


たまたまウェブブラウジング中に出会った、「超常現象の謎解き- The Marriage of Skepticism and Wonder」(このサイトは他にもいろいろと面白い記事が掲載されていて楽しめました)というウェブサイトで紹介されていたこの図にものすごく驚いてしまいました。
checkershadow_illusion4med.jpgこの、AのマスとBのマスの色が実は同じ色だ、という錯視図。とてもそうは見えなかったのでかなり驚いてしまいました。その他にもいろんな錯視の例があったので見てみたのですが、改めて、自分の目ってあやふやなものだなぁと実感。

それにしても、こういう話私すごい好きです。(笑)

冷凍したチキンがハート型だった。。。(笑)DSCF0008.jpg

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